参考

023.柴犬の生首

柴犬の生首
雪弥
23歳 女性 事務職

初めまして。雪弥と申します。
最近、とても不気味で今思い出しても身の毛のよだつ悪夢を見ました。
今まで、このような夢は見た事が無く一体この夢が何を暗示しているのか正直今でも戸惑っています。
お手数をお掛けしますがどうか診断をお願い致します。以下、夢の内容になります。
仄暗い一室にいくつかの血溜まりがあり、私はそこに一人正座をしていました。膝の上には何故か首だけの柴犬がまるで眠っているかのように目を閉じていました。
何故か、私はその犬を美味しかったと感じていました。ですが食べた時の夢は見ていません。にも関わらず頭の中で美味しかったという解釈をしたのを覚えています。
私は膝の上にいる首だけになった柴犬を怖がるわけでもなくむしろ愛おしむように頭を撫でていました。
撫でている途中でその首だけの犬が、目が覚めたように突然もぞもぞと動き出し、膝の上から見上げるようにして私と目が合いました。その後、私を顔を見た後に目を細めて笑ったような顔をしました。私はそれに安心するように又、その首だけの犬を撫で続けていました。
暗い部屋には先程まで居なかった筈の母と弟が居て、私の行動を怯えるような表情で見ていました。

このような内容でした。
夢解釈へのページ掲載は構わないのですが、今回内容が内容ですので、掲載されるか否かは管理人様にお任せしたいと思います。

[ご本人の解釈]
解釈…とは少し違うのですが、夢に少し補足します。
私の家族構成は、母と弟の3人家族です。
(父は10年程前に他界しています。)
犬は、柴犬を飼ってはいませんが、今年10歳になるシー・ス゛ーを飼っています。最近少し病気がちだったのでもしかしたらこの事と関係あるのでしょうか。
他に気になるような事がありましたら、メールにてお願い致します。
それでは、宜しくお願い致します。

☆ 夢解釈No.023 ☆
雪弥様。
はじめまして、ドリームのサイト作成者です。
送っていただいた「柴犬の生首」の夢を解釈する前に、ひとつ質問させてください。
夢を読ませていただいた印象ですと、最近なにか、あなたにとって未知なる世界のようなものに強い関心を持つようになられたのではないかと思うのですが、なにか心当たりはないでしょうか?
例えば哲学や心理学、スピリチュアルや宗教思想のようなものに興味を持ち始めたとか、精神的なジャンルのなにかです。
もし心当たりがなければ、最近、精神的に得たなにかがあったと思います。
回答の返信を頂ければ、さっそく解釈しようと思います。
ちなみに、これは悪夢ではあったのかもしれませんが、この夢から否定的な心的要因を汲み取ることは出来ないので、記載に不安を覚える必要はないと思います。(どちらかというと、肯定的な良い夢ですよ)

【返信】
鈴木めいや様
こんばんは、雪弥です。
メールでの問い合わせ、有難う御座います。
見た夢が悪夢だとばかり思っていただけに肯定的な良い夢というお話を頂いて気分がすこし楽になりました。心的要因を紐解いていくと、自分が思っていた夢もまた違った風に見えてくるんですね。興味深いです。
質問の内容ですが、精神的に得たなにかと聞いて少し思い当たることがあります。夢を見る一週間程前、友人の付き添いで占い師の所へ行きました。
ついでという形で私も性格診断をして貰ったのですが、その際「あなたは他人を信じても自分を信じない人だ」とキッパリ言われました。自分というものを見透かされたようで、その時は感嘆よりもズキリとした痛みを感じました。その事が頭の片隅でどこか引っかかっているかもしれません。
今の所思い当たるのはこれですね…。
また、質問等ありましたらメールをお願いいたします。
宜しくお願い致します。

【送信】
ご回答ありがとうございます。
「柴犬の生首」の夢を考えてみたので、参考にして頂ければと思います。
結論から言うと、この夢は、ご自分の精神世界と向き合って従順、愛情、忠実さのようなものを取り入れたことを表しています。
通常、夢の中の部屋はご本人の意識領域を表し、暗闇は、見えにくい未知なる闇ということから、無意識を表しています。となると、≪仄暗い一室≫にいる自分というのは、意識が、自らの意志でもって無意識という内面的な精神世界に向かっているという心の状態を意味しています。
つまり、ご自分の内的世界、精神世界に興味を持っているということです。
夢の中の血溜まりは、情熱、力、犠牲、などを表しますので、あなたにとって無意識という恐ろしい闇の世界と向き合うということは、そのようなニュアンスがあるのだろうと思います。
あなたは、その占い師に、「あなたは他人を信じても自分を信じない」と言われて、ご自分の内面に目を向けるような心の働きを持たれるようになられたのかも知れませんね。
そして、無意識という闇の世界では、正座をして柴犬の生首をひざの上に乗せています。足を崩していたわけでもなく寝そべっていたわけでもなく正座をしていたということは、それだけ真剣に内的世界と向き合っていたのでしょう。
柴犬は、従順、愛情、伴侶、忠実などの意味合いがあり、それを食べたあなたは、≪美味しかった≫と思っています。夢の中で何かを食べるのは、自分の中に取り入れること、プラスにすることを表していて、あなた(自我)は、柴犬で象徴されているそれらのイメージをプラスに取り入れたのです。柴犬は、犬の中でももっとも犬らしい犬ですので、従順さや愛情を表現するのには、飼っているシー・ズー犬よりも、柴犬のほうが自然だったのでしょうね。
生首は、犬の全体的なイメージの中における知恵や叡智を表し、あなたはそれを愛おしそうに撫でます。
食べて、自分の中に取り入れた以上、その犬は自分そのものでもあるので、愛おしく思うのは自然なことだと思います。すると、≪先程まで居なかった筈の母と弟が居て、私の行動を怯えるような表情で見ている≫のですが、このふたりは、あなた自身が持っている客観的な側面で、例えば、夢から起きてこの夢を気持ち悪いと思った、そのような客観的な視点でも見たときの想いの人格化だと思います。
この夢は、悪夢でもありますが、ハッキリとした補償夢でもあります。
ふだん、あまりご自分の考えなどを信じていないという偏った意識の状態を、柴犬(忠実や愛情)を食べたというイメージによって補ったのです。
このように解釈しましたが、いかがでしょうか?

PS. ちなみに、悪夢というのは、必ずしも否定的な心的要因ばかりを表しているとは限りません。
無意識は自然であり、自然は必ずしも、人間の意識の基準に合わせてくれないというだけのことです。
例えば、私は、新しい会社に入ったばかりの人で、眼球を手にして不思議そうに見つめているという夢を見た人を知っていますが、これも、人間の意識の基準からみるとグロテスクで不気味なイメージです。
ですが、無意識は自然ですので、自然はただ正直に、「お前は今、新しい会社に入って色んな角度から物事が見られるようになり、新しい視野(眼球)を手に入れたようなものなのだよ」というメッセージを送ってきているだけです。
無意識(自然)は、人間の快・不快の基準に合わせるよりも、ただ正直に、正確な心的要因を表現しようとしているだけですので、わたし達の基準からすると不気味な悪夢に思えても、悲観的になる必要は一切ないと思います。

【シンボル】
仄暗い一室 = 無意識の闇に目を向けている状態、未知のもの。
血溜まり = 情熱、力、犠牲、怒り、争い、精液
食べる = 取り入れること、プラスにすること
撫でる = 愛情
柴犬 = 従順、愛情、伴侶、忠実
首(頭) = 意志、叡智、精神

【返信】
めいや様。
詳細な診断本当にありがとうございました。
自分の足りなかったものと向き合い、それを犬を食べるという形で吸収した補償夢…。
確かにそうかもしれません。今回「自分を信じない」といわれた事で自分の中で私とはどういう人なんだろうという事を考えるきっかけになったので。
そういう自分と向き合って新たな何かを得たい、又は自己を見直したい…そういった願望もありました。
占いによって今回自己と向き合う・自分の一面を知るという事を吸収したので、今度また同じような夢を見た場合も吸収することを恐れず、物事を沢山自分の中に取り入れていきたいと思います。
柴犬には従順の他に忠実の意味もあるんですね。今回、何故飼っている犬ではなく、柴犬が出てきたのかが不思議だったのですが、自己に対して真剣に向き合っているという姿が柴犬として具現化されたのを知り、納得しました。
無意識(自然体)は人間の基準に合わせてくれない…。考えると不思議ですね。人間が見ているものでありながら、意識はまた別の方向を見ているわけですから。今回のお話を聞いて今まで以上に夢に興味が湧きました。心理の事について少し勉強してみたいと思います。
本当にありがとうございました。

2007年04月30日